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( ੭ ・ᴗ・ )੭

 

 

 

もみです(泥酔ver.)

さっきベッドから落ちそうなった。草。

 

今日はお仕事頑張ったのでいつもより多めにお酒飲みました。

こういう日も必要。大事。

そんでまた2時なの笑う、、、

 

 

 

 

今日も思った、

月に3回くらいふと思うこと。

「親が引いたレールを辿るしかない子どもたち」について。

 

辿るしかないというか、

それ以外の選択肢が選べない状況になってしまっている子たち、、、?の方がしっくりくるかなぁ

 

めっっっちゃわかりやすいところでいくと

皇族とか、歌舞伎役者とか。

(これに関しては不可抗力な部分もあるから仕方ない気もする。)

 

私の(職場的な意味で)身近なとこでいくと

お医者さんの子ども達。

 

 

お医者さんの子ども達はやっぱり、医学部を目指すことが多い。

①それが親の願望であるパターン

②子どもが自主的に目指すパターン(親に憧れるなど)

③親を継がなきゃいけないから医学部しか道がないパターン

だいたいこの3パターン。

 

②はいいとして、

①と③の場合は、「もうちょっとよく考えて欲しいな」と思ってしまう。親子ともにね。

 

本来、将来というのは誰しも自分で選択する権利があるはずで

お医者さんの子どもであっても、お医者さんしか

道がないわけじゃないはずなのです。当然。

 

文学を学んでもいいのです。文学以外でもなんでもいいんだけど

 

 

要領が良くて、多少は医学に興味がある子ならまだしも、

理系科目が苦手なのに「医学部しか道がない」と“ 思い込んでしまって” 何年もかけて受験をしている子などを見ると、なんだか心が苦しくなる。

 

 

君が本当にやりたいことは医学なの?

親を継ぐという未来でいいの?

 

 

いいならいいのですが、

そこをまず“ 考えたことがない” 子については

ん〜〜〜と思ってしまう。

ここの部分の思考停止は絶対に良くない。

 

大学は当然義務教育じゃないから行かなくてもいいところです。

なんで進学するかって、学びたい学問を極めるためのはずです。

学びたくないものを学びに行くところじゃないの。

(これは「なんとなく大学に進学する」子達にも言いたい)

 

日本は謎に学歴社会だから、大学に行く意味・目的を

みんな忘れがちだと思う。

 

思い出して。

 

好きこそ物の上手なれ、っていうけどまさにその通りで

好きじゃない学問を6年も学び続けるのはしんどいぞ。きっと。

(私は学びたい学問を学びに進学したから、やりたくないことを学ぶ感覚が分からないのですが)

医学は他人の命を扱う職業でもあるし、

だからこそ、一度よくよく考えて欲しい。

 

親子、ともに。

 

親子ともにというのが大切です。

 

 

自分の人生、やりたいことは自分で決めましょう。

私はいつもこれを声をだいにして伝えたいと思ってます。

 

 

シンプルに、

医学に興味が無いお医者さんには、

診てもらいたくないしね。笑

 

 

 

医学部を目指すあなた。これを読んでください。

わりと有名な文章です。

(医学以外でも通ずる部分はある)

↓↓↓


前金沢大学医学部附属病院長 河崎一夫

「医学を選んだ君に問う」


 医師を目指す君にまず問う。高校時代にどの教科が好きだったか?物理学に魅せられたかもしれない。しかし医学が大好きだったことはあり得ない。日本国中で医学を教える高校はないからだ。
 高校時代に物理学または英語が大好きだったら、なぜ理学部物理学科や文学部英文学科に進学しなかったのか?物理学に魅せられたのなら、物理学科での授業は面白いに違いない。
 君自身が医学を好むか嫌いかを度外視して、医学を専攻した事実を受容せねばならない。結論を急ぐ。授業が面白くないと言って、授業をサボることは許されない。医学が君にとって面白いか否か全く分からないのに、別の理由(動機)で医学を選んだのは君自身の責任である。
 次に君に問う。人前で堂々と医学を選んだ理由を言えるか?万一「将来、経済的に社会的に恵まれそう」以外の本音の理由が想起できないなら、君はダンテの「神曲」を読破せねばならない。それが出来ないなら早々に転学すべきである。
 さらに問う。奉仕と犠牲の精神はあるか?医師の仕事はテレビドラマのような格好のいいものではない。重症患者のために連夜の泊まりこみ、急患のため休日の予定の突然お取り消しなど日常茶飯事だ。死にいたる病に泣く患者の心に君は添えるか?
 君に強く求める。医師の知識不足は許されない。知識不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす。知らない病名の診断は不可能だ。知らない治療を出来るはずがない。そして自責の念がないままに「あらゆる手を尽くしましたが、残念でした」と言って恥じない。
 こんな医師になりたくないなら、「よく学び、よく遊び」は許されない。医学生は「よく学び、よく学び」しかないと覚悟せねばならない。
 医師国家試験の不合格者はどの医学校にもいる。全員が合格してもおかしくない医師国家試験に1,2割が落ちるのは、医師という職業の重い責任の認識の欠落による。君自身や君の最愛の人が重病に陥った時に、勉強不足の医師にその命を任せられるか?医師には知らざるは許されない。医師になることは、身震いするほど怖いことだ。
 最後に君に願う。医師の歓びは二つある。その1は自分の医療によって健康を回復した患者の歓びがすなわち医師の歓びである。その2は世のため人のために役立つ医学的発見の歓びである。
 今後君が懸命に心技の修養に努め、仏のごとき慈悲心と神のごとき技を兼備する立派な医師に成長したとしよう。君の神業の恩恵を受けうる患者は何人に達するか?1人の診療に10分の時間を掛けるとしよう。1日10時間、1年300日、一生50年間働くとすれば延べ90万人の患者を診られる。多いと思うかもしれない。だが日本の人口の1%未満、世界の人口の中では無視し得るほど少ない。
 インスリン発見前には糖尿病昏睡の患者を前にして医師たちは為すすべがなかった。しかしバンチングとベストがインスリンを発見して以来、インスリンは彼らが見たこともない世界中の何億人もの糖尿病患者を救い,今後も救い続ける。
 その1の歓びは医師として当然の心構えである。これのみで満足せず、その2の歓びもぜひ体験したいという強い意志を培って欲しい。心の真の平安をもたらすのは、富でも名声でも地位でもなく、人のため世のために役立つ何事かを成し遂げたと思える時なのだ

 

 

 

 

医師になることは、身震いするほど怖いことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず、ねむい。(´-ω-`)