#148

ご無沙汰もみ。( ੭ ・ᴗ・ )੭

 

まためちゃくちゃ久しぶりになっちゃった。

シンプルに書くことがなかった。

ここは私の頭の中で、思い悩んだとき、分かんなくなっちゃったときにざっと吐き出して整理するところで、

つまり書くことがなかったのは、私にとってはある種いいことなのかもしれない。

悩んでなかった、、、とは言い切れないものの、整理しなきゃダメになっちゃうほど思い悩んではいなかった。ということだと思う。

 

あと9月は本読んで映画観てたしな。

 

 

でも久しぶりにここを開いたのは、なんか、考えたいことがあったからで、

 

昨日、イヤな知らせが耳に入ったの。

どういうものとは言えないけど、本能的に「イヤだな」と思って、思い立って神社にお祈り行くくらい。勢いで行き過ぎて家の鍵とSuicaを忘れて、うん年ぶりに切符を買った、、、往復320円のために、、、。

 

 

他人に理解されない優しさってもんがあって、それを抱えてる人ってやっぱり生きづらいよね、この世の中。

 

他人のせいにしきれず自分ですべてを抱え込むことは、強さなのか弱さなのか。

他人のせいにできない優しさを誰かに理解してもらいたいというのは、わがままなのか。

誰かに助けを求めることすら難しい人間にとって、生きやすい世界線なんて存在するのか。

 

生まれてくる環境なんて選べないのに、人間として生きていくのってほんと博打だよね。

 

他人に理解されないことほどしんどいことはない。

でも、理解してあげられるのに助けられないのもしんどいなって思った。

 

 

人生どん底のとき、「君はこういうことで過去に悩み、こういう人間になってしまった。それを克服するのは、君一人の力では無理で、寄り添ってくれる誰かがいないとできない。だからこの先、君を救ってあげられる人と出会えたらいいね」と言われた。

“そこまで私のことわかってくれてるならきみが私のこと救ってよ”と言ってみたけど、断られた。

ぼーっと考えていて、なんでそのとき断られたのか、2年越しに昨日分かった。

 

ずっと前にTwitterで『救えないなら手を差し伸べてはいけない』というのを見たことがある。これかぁ、ってしみじみ実感した。

 

どん底に落ちた人間を引っ張り上げてくるのは、時間も体力も使う。まずその人と信頼関係を築かないといけないし、底に引きずられそうになっていたらすぐに気付いて“そっちはダメだよ~”と引っ張り上げてあげないといけない。

これは、ずっと傍にいてあげないと、やってあげられない。

中途半端に手を差し伸べてグイっと引っ張るだけでは逆効果なんだよね。

救われたい人は「助けてあげるよ!」の一言に弱い。だからすぐに信用して、「この人だったらもしかしたら!」と期待をして手を掴むけど、大抵の場合相手が“底の深さ”にひよって逃げていく。

期待させておいて、、、と、上げて落とされた気持ちになる。“だったら最初から助けるなんて軽々しく言うなよ”と思う。

 

初めてその、手を差し伸べる側の気持ちが分かった、昨日。

私ならあなたの辛さを(ほかの人よりはきっと)分かってあげられる。あなたが今かけられたい言葉も分かる。どうしてそうなってしまったのかも分かる。でも、あなたを引っ張り上げられるほどずっと傍にいることができないから、中途半端に傷付けるだけになりそう。だから、もっと近くで、あなたのことを分かってあげられる人と出会えたらいいね。という。もどかしさ。

 

 

他人の“底”をなめちゃダメだと思うんだよね。

これは、ここ15年間くらいで感じたこと。

 

人には人の“底”があって、悩みがあって、過去があって、傷があって、墓場まで持っていく秘密がある。

私は大抵の人のそれらを受け入れられる容量があるのを自負してるし自信があるけど、それは私が受け入れてもらいたいことの裏返しでもあり。ただ、自分のように、他人を受け入れるキャパがある人はそうそういないことも最近察してきた。

別に受け入れてくれなくていいから、知ってほしい。知った後、理解しなくていいし、共感も求めない。ただ、そういう人間であることを知ってた上で、私を認めてほしい。みたいなの。意外とみんなないのかな。そんなに重たく生きてないんだろうな。

 

他人の重みを受け入れるキャパはあるのに、自分の重みを受け入れるキャパが足りない。向き合い続けて、どうすればいいのか分かんなくなる。そのヒントをくれる人がこの世のどこかにいるのかいないのかも分かんない。

もう他人に期待するのもやめよう、的な諦め。

 

承認欲求の果てみたいなものだけど、誰かの中にずっと残っていたいという願望というかなんというか。

その気持ちも分かる人は少ないのかもしれないよね。

 

 

ともかく、多分経験しなくてもよかっただろこれ、ということは今までの人生沢山あったし、人並みの(いやまだ人並みじゃないかも)メンタル取り戻すのに別にわざわざどん底まで落ちる必要なかったでしょ、普通のメンタルで普通に青春を過ごしてくればよかったでしょ、と思うけど、

27年間のこの遠回りはたぶん、いろんな人の気持ちを理解できるようになるための伏線だったんだろうな~と今では思う。

 

経験しないことは分からない。自分で経験して、実感しないと分からない。想像は絶対に想像の域を超えない。

 

他人に寄り添えるのは、私の最強の強みなのです。

 

 

 

 

 

読者5人もいてくれるのびっくりしちゃった。

全然更新しなくてごめんねの気持ち。